３０億の女　４

”先輩、本当に行くんですか？”



“もちろん！行くわよ！”




“だったらわたくしも一緒に行きますから”



“はぁ？なんであんたまで行くのよ？”




“先輩を一人でＮＹになんてオオカミの群れに子ウサギを放り込むようなものじゃないですか！
それにあっちは物価がバカみたいに高いんですよ！”




“あのね・・あたしだってそれぐらい分かってるわよ！
それに子供じゃないんだから！”




“いいえ！先輩はなにも分かっていません！
それに子供の方がまだマシです！”




“なっ！なによそれ！？
あんた失礼過ぎるわよ！”




“とにかく！わたくしも先輩がいないと暇なんです！
だから一緒に行きますから！”





“もう！勝手なんだから！好きにすれば？
あたしは遊びに行くんじゃないから
あんたの相手してる暇なんて無いからね！”




“はい、大丈夫ですよ”





５年前



ＮＹ州の弁護士資格を取得する為に

渡米する準備中の先輩と交わした言葉



本当にこの人には驚かされる


グダグダと悩んでいるなと思っていたら

突然、道明寺さんとの婚約を解消し渡米する事を決めた



呆れるほどの行動力と理解不能な思考


今さら道明寺さんがどうとか思いませんけど

あの道明寺さんですよ


世界にその名を轟かせている

道明寺財閥の御曹司ですよ！


たった一人の正統な後継者なんですよ！



知り合うだけでも奇跡のような相手に

うっとおしいくらいに愛されて

この世の全てを思いのままに出来る唯一の女性なんですよ！



それなのに



誰もが羨む地位や名誉や財産を全て手放して

ＮＹ州の弁護士資格を取る為に渡米するって・・


先輩ってバカなんですか？


そう思いませんか、皆さん？


わたくしなら絶対に手放しません！


死んでもしがみつきます！




それなのに先輩はあっさりと


そしてその事にちょっとスッキリしている神経が

わたくしには理解不能です！



寧ろ重たい荷物を下ろしたら

身体が軽い的な発想は理解できません！



だけど理解不能だからと嘆いてばかりはいられません！




わたくしには重要な役割りがございますから！



あっ！これは先輩には内緒ですよ！


道明寺さんを訪ねた時

恐ろしい程に機嫌の悪い道明寺さんに真実を告げた時・・



女性秘書の方がどうなろうと

はっきり言って知ったこっちゃございませんけれど


まさか


まさか


道明寺さんからあんなお願い事をされるだなんて

わたくし夢にも思っておりませんでしたの



でもね


わたくしは二つ返事でＯＫしましたのよ



だって道明寺さんに恩を売れるチャンスなんて

そうそう無いと思いません？



だからＯＫしましたのよ


少々、予定は狂ってしまいましたけれど

わたくしとしても大好きな先輩とずっと一緒にいられて

おまけに道明寺さんに恩も売れる


一石二鳥な展開に密かにほくそ笑んでおりましたの




ＮＹでの住まいは先輩には

三条家が所有する物件だと説明しておりましたけれど

実は道明寺さん所有の不動産でしたのよ



あんな一等地に建つハイクラスなレジデンスのペントハウスなんて

流石に三条家でも手が出せませんわ


あのお部屋だけで一体お幾らすると思ってるんですか？



今となっては楽しかった二年半のＮＹ生活でしたわ



ここでもあり得ない程の集中力を発揮し

たった二年半でＮＹ州だけでなく

カリフォルニア州の弁護士資格まで取得されてしまった先輩



先輩の有言実行力は称賛に値しますが

大切な事を忘れていませんか？



すっかり道明寺さんのことなんて

記憶の彼方に追いやっておいでのようですが

甘いですよ、先輩


道明寺さんには先輩と別れた気なんて

これっぽっちもありませんから！



寧ろ５年にも及ぶ長〜い長〜い待て！状態で

大変な事になってますから！


色んな部分が・・



それはもう大変で


多方面にご迷惑をお掛けしているんですよ！


そろそろ自覚する時期ですよ！










「ねぇ、類！お願い！
笑ってないで協力してよ！」



「ん・・・ククククククッ」


目の前でずっと笑っている類



訴状が届いてから三日


何度も連絡しているのに


一向に繋がらない


ワザとなのか？



たまたま忙しかっただけなのか？


判断はつかないんだけど


履歴残ってるわよね？



あたしから掛かってきてるの分かってるわよね？


掛け直す事も出来ないぐらい忙しいわけ？


だったら他に担当者さん指定しなさいよね！



道明寺と一向に連絡が取れない事にイライラしていたあたしの元に

久しぶりに類から帰国したからご飯行こと連絡が入った


類は現在、パリに住んでいて


年に数回帰国した時にはこうやって連絡をくれる


あたしにとってはナイスタイミング！



類のリクエストはあんたが作る貧乏食だったから

あたしの部屋でお鍋突きながら類のお土産のワインで晩酌


そこで道明寺から訴えられって話したらずっと笑っている類



そんな類に道明寺に連絡をしてくれとお願いしたんだけど

笑ってるばっかりで埒が明かなくて

ここ数日のイライラも相まってついつい類にキツく当たってしまって

ちょっと反省




「ごめん・・お願いしてる態度じゃないよね・・
でも本当に困ってるの！お願い、類！助けて！」




そう言って拝むように手を合わせると

笑いながらもスマホを取り出し道明寺に掛けてくれた類



電話を掛けている類を眺めるあたし




呼び出し音が聞こえている


やがて何度か目の呼び出し音の後

やっと道明寺が出た




「司？」




道明寺の声は聞き取れないから

何を言っているのかは分からなかったんだけど

二言三言話した類が


「ちょっと待ってね」



と言ってあたしへとスマホを差し出した


そのスマホを受け取り



深呼吸するように大きく息を吸い

吐き出すタイミングで話し始めたあたし



「も、もしもし？
あの・・牧野法律事務所の弁護士の牧野つくしです」



って言ったら




“ブツ・・ツーツーツー”



・・・・・？



き、切られた？！


な、なに？


なんなの？！


ど、どういうこと？


ハッ？


もしかしてアクシデント？


指が触れちゃっただけよね？



電波状況が悪かった？



切ったんじゃないわよね？



よね？



ハッ！



もう一回！


もう一回、掛けてみよう！





「る、類？切られた？切れちゃった？から
もう一回掛けていい？」




「ん、いいよ」





類の許可を得てリダイヤルしてみるんだけど・・


今度は何度呼び出しても全く応答無し



なんなのよー！



「類・・出ないんだけど・・？」



「だろうね」



「ん？どういうこと？」




「だってあんた今、俺と一緒なんだもん。
司、またヘソ曲げちゃったんじゃない？」




「えっ・・・えーー！マ、マジ？」



「ん、マジ」




「もう！笑いながら言わないでよ！」


なんなのよ一体！？




へそ曲げたってどういうこと？




あんたは子供か！？


















応援ありがとうございます。