大家さんは元カレ！？ 5

上機嫌で朝飯食っていた時の笑顔を引っ込め
マジで申し訳なさそうな表情を浮かべて
シュンとしているこいつの目の前に一枚の紙を差し出した

「ん？なにこれ？」

シュンとしていた表情から一転
今度は眉間に皺を寄せて訝しげな表情を浮かべているが
構わずに話を進める

「覚えてねぇのかよ？！」

覚えてねぇのは承知の上でわざとらしく少し声のボリュームを上げる

「えっ！‥あっ‥ごめんなさい‥
覚えてないです‥でも‥これって‥契約書って書いてあるけど‥って！
なんで私のサインがしてあるの？！」

「夕べお前がサインしたんだよ！」

「へっ？‥う、うそ‥でしょ？
ってか！なんの契約書よ？！」

慌てて俺から契約書を引ったくると
食い入るように内容を確認してやがる

「それは俺とお前の契約書だ！」

「えっ‥あっ‥いや‥
ってか‥私がここに住むとか書いてあるけど‥？
それに私があんたの顧問弁護士？になるとかって‥どういうこと？」

？マークだらけでパニクってるこいつに
夕べの事を話してやる

まぁ、俺の主観がかなり入ってるけどな

そこは覚えてねぇーんだからＯＫだろ？

「夕べ、お前は婚約者に婚約破棄されて
メープルのラウンジでやけ酒を煽ってた」

「煽ってた‥わけじゃないんだけど‥
あっ！いや‥そこはいいです‥ごめんなさい」

「とにかく俺が行った時にはかなり酔っ払ってて
婚約破棄されて住むとこも仕事も無くなった～とか
騒いでたんだよ！」

「そ、そうかな‥？騒いでた？
あっ‥ごめん‥いいです！続きお願いします‥」

「だから俺が住むとこと仕事を提供してやったんだよ！
それがその時の契約書でお前は喜んでサインしたんだよ！」

「喜んで‥たの？」

「あぁ！すっげぇ嬉しそうに
俺にありがとう～とか言いながらサインしてたぞ！」


「マ、マジで？」

「あぁ、マジだ！
んだよ？！信じられねぇーのか？
なんならそん時のラウンジの防犯カメラ見せてやろうか？」

「えっ！？あっ‥いや！
そこまでは‥でも‥」

覚えてねぇから俺の勢いに押され気味のこいつの表情が面白れぇ～

なんとも言えない微妙な表情で契約書と俺の顔を交互に見ながら
百面相してやがる

黒目勝ちなでっかい瞳を最大限まで見開いて
食い入るように契約書の内容を確認しているこいつを見ていると
知らず知らずの内に笑みが零れる

そもそもがこんな契約書が前もって準備されているのがおかしいだろ？

だけどこいつは気がつかない

弁護士のクセに気づかない

そんなんで本当に弁護士なんて出来てんのか
心配になるけれど俺にはこいつのこういうちょっと抜けたところがちょうどいい

道明寺の法務部の精鋭が完璧に仕上げた契約書
どんなに探しても抜け穴もアラも見つからない

その完璧な契約書に知らず知らずの内にサインさせられ‥

いや！

俺が無理強いしたわけじゃねぇーぞ！

誘導はしたけどな！

サインしていた事実に百面相が止まらないこいつに見つからないように
少し顔を背けて笑みを浮かべる


「ね、ねぇ？」

「どうした？」

「こ、ここに住むって書いてあるんだけど‥
私‥こんな凄い億ションの家賃なんて払えないんだけど‥」

「お前から家賃なんて貰うかよ！」

「えっ！？あっ！いや‥それはマズイでしょ？！」

「なんもマズくねぇーよ！
お前は俺の顧問弁護士なんだから
福利厚生の一環だ！社宅みてぇーなもんだ！」

「しゃ‥たくって‥
こんな豪華な社宅なんて聞いた事ないわよ！
それにあんたもここに住んでるのよね？
やっぱりそれはちょっと‥って言うか‥
かなり問題あるんじゃない？」

「確かに俺もここに住んでるけど
何が問題なんだ？」

「大問題でしょうよ？！」

「俺が問題ねぇって言ってんだから
なんも問題なんてねぇーよ！」

「いやいや！あるって！
そもそもどうして私がここにあんたと一緒に住まなきゃいけないわけ？
社宅だとしても別の所で良くない？
あんただって私がここに居たらやりにくいでしょ？
彼女さんだっていい気しないだろうし‥」

クソッ！

仕事と住む場所
両方を一辺に無くして
ついでに男にフラれたクセに！

未だに俺に女がいると思ってやがる！

牧野のクセに！

生意気な女だ！

だけどこいつのこういう所が
俺のツボなんだよな

そんなことも分からないクセに
俺に迷惑が掛かるとかいもしねぇ女に悪いとか
グダグダ理由を付けてまた俺から遠ざかろうとしやがる！

逃がすかっつーの！

お前のことなんて全部お見通しなんだよ！


「まずお前がここに住む理由だけど
お前は俺の個人資産なんかを管理する顧問弁護士なんだから
機密保持の為にセキュリティが万全なとこしかダメなんだよ！
お前は自力でそんなとこ住めんのか？
ムリだろ？だから俺が用意してやったんだよ！」

「いや‥だからって一緒に住まなきゃダメなの？」

「あぁ、お前は俺の顧問弁護士として
いつでも何処でも俺の要求に応えられるように
常に側に居なきゃなんねぇーんだよ！」

「いつでも何処でもって‥
私、弁護士だよ？分かってる？
２４時間弁護士が必要って‥
どんな状況よ？！」

「それはこれから教えてやるよ！」

「今、教えなさいよ！」

「だからそれは追々な！
手取り足取り教えてやるから心配すんな！
それから今は女はいねぇから
余計な気を回すな！」

「えっ！？でも‥さっきバスルームに置いてあったじゃん‥！」

「何を？」

「いや‥だから！女物のバスローブとか‥
ピンクの歯ブラシだとか‥」

「全部、お前のだっつーの！」

「へっ？」

俺の言葉に一瞬だけ固まったこいつは
次の瞬間、叫び声を上げた

「えっ！？え～っ！！」

「るせぇ！」

「ハッ！ご、ごめん！
びっくりしちゃって‥」

「ったくお前は！
俺が気を使って色々と準備してやったのによ！」

「あ、ありがとう‥ん？
ありがとう‥なのかな？」

「ハァ？！」

高い位置から鋭い視線を向けると
慌てて俯いたこいつの旋毛に笑いが込み上げてくる

「あっ‥ご、ごめんなさい‥」

少々、苛めすぎかとも思うが
長年、俺を蔑ろにして好き放題してきたのはこいつの方なのだから
これぐらいいいだろ？

旋毛を見せたまんまのこいつに最後の一押し

「ほら！いつまでも凹んでんな！
こっち来てみろ！」

「ん？今度はなによ‥？」

こいつの腕を掴み椅子から強引に立ち上がらせると
そのまま腕を引いて俺の寝室の隣の部屋のドアを開けた

「ここがお前の部屋だ！
もう荷物は運び込んであるから
後から確認しとけよ！」

「へっ？」

今日何度目かの鳩が豆鉄砲食らったような顔して
横に立つ俺を見上げているこいつ

「ちょ！ちょっと！どういう事よ？！
わ、私の部屋から持ってきたわけ？」

「あぁ、お前は今日から俺専用の弁護士なんだから早い方がいいだろ？」

「俺専用？」

俺専用って言葉に反応したこいつが
ここに来て怪訝な表情を浮かべた

ヤベェ！

ちょっと言い過ぎたか？

ついつい俺の願望が！

けどよ

俺専用の牧野って

なんかいいな

この響き

「とにかく！グダグダ言ってねぇーで
こっちにお前の服だとか入ってるから
とりあえず着替えろよ！」

怪訝な表情を浮かべたままのこいつを
部屋続きになっているウォークインクローゼットへと連れて行く

実はこのクローゼットは俺の寝室にあるクローゼットと繋がっていて
クローゼットを通り抜けると俺の寝室へと入れる

って事は

俺の寝室とこいつの寝室は繋がっていて
一応、ドアはあるが鍵はついてねぇーから
何時でも俺の寝室からこいつの部屋へと
出入り自由ってわけだ

まぁ、それにはまだ気がついてねぇみたいだし
わざわざ教える気もねぇーけどな

この先

追々

あんな事や

こんな事や

色々とな

そうなった暁には

寝室なんて一つで十分なんだけどよ

まぁ、そんな時間を掛けるつもりはねぇーけど
それまでは慎重にやんねぇーと
逃げ足の早いこいつのことだから
またいつ逃げ出すか分かんねぇーだろ？

まぁ、逃がすつもりはねぇーけどな！












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