Black Lilly ３０（完）

モニターに映し出されている
瀧口の兄貴の顔は腫れていて痛々しい



そんな瀧口の兄貴の顔に浮かんでいるのは激しい怒り


尋問しているＳＰに対しまだ反抗的な態度を示しているが
尋問のプロの前ではそんな虚勢も通用せず

怒りに任せてぶち撒けてくれたお陰で
漸く今回の誘拐劇の全容が見えてきた


全ては瀧口の兄貴による牧野と司への逆恨みから始まっていた

牧野のストーカーだった自身の弟の尻ぬぐいをさせられた両親は
経営していた病院も自宅も売り払い慰謝料を支払った後は
妻の出身地に引っ込み周囲から隠れるようにひっそりと暮らしていた


瀧口の兄貴もその煽りを受け医師免許までは剥奪されていなかったが
あの事件以降は何処も雇ってはくれず
都内で普通の病院には駆け込めないような奴らを相手に
闇医者をして食いつないでいた


白石祐輔との接点は高校時代で同級生で
尚且、恋人関係にあったようだった

恋人関係とは言っても公言していたわけではなく
寧ろお互い周囲の好奇な目を避けるように関係は秘密だったようだが
力関係で言うと白石祐輔の方が学生時代から盲目的に瀧口の兄貴に惚れていて


瀧口の兄貴は白石祐輔のそんな感情を
上手く利用していたような間柄だった


ただ牧野と司への復讐心だけに囚われていた瀧口の兄貴は
白石祐輔が自身に向けている感情の正体を知りながら

それを上手く利用し白石祐輔を中島海に接近させ結婚までさせていた

瀧口の兄貴が中島海を知ったのは
偶然だったようだが司に繋がる人間で利用価値があると思ったらしい

瀧口の兄貴が中島海を取り込むのは容易かったと話している

自己愛が強く妄想癖があり
物事を自分の都合の良いようにしか捉えられないから
遅かれ早かれ自滅すると思っていたらしい


そして瀧口の兄貴の予想通り


海は白石祐輔と結婚しても
尚、司との妄想の世界に生き自滅した


牧野の誘拐の計画を立てたのは海で
その計画を白石祐輔から聞いた瀧口の兄貴は
その計画に便乗し全てを海と闇金の連中の犯行に見せかけ
牧野と司に復讐しようとした


瀧口の兄貴と白石祐輔の計画では
闇金の連中が山小屋に到着する前に
牧野をその場から連れ出す計画になっていたらしいが

予想外に先に牧野が逃げ出してしまい
瀧口の兄貴と白石祐輔が山小屋に到着した時には
山小屋には海しか居なかった


そして海は二人が逃げ出したことにも気付かず眠っていたらしい


呑気な女だ



白石祐輔は瀧口の兄貴の命令で山小屋の周辺を捜索し
崖下で倒れていた牧野を見つけ例の別荘に連れ帰っていた

そして瀧口の兄貴は山小屋に一人残っていた海に
顔を見られた為口封じの為に海を絞殺し
山小屋に火を放ち自身も別荘へと行き
牧野の傷の手当をしたと話していた


この時、白石祐輔は俺達に呼び出されここへと連れて来られている

その時には白石祐輔は既に牧野を誘拐し別荘へと監禁していたことになる

俺達はまんまと騙されていたってわけだ


監禁していた牧野の見張りは当初、瀧口の兄貴がしていたが
瀧口の兄貴に闇医者としての仕事が入り白石祐輔と交代したらしい


白石祐輔が危険を犯してまでマンションを抜け出した理由は分かった


だが


最後の最後になって白石祐輔が瀧口の兄貴を裏切った


いや・・


白石祐輔はこれ以上


瀧口の兄貴に罪を犯させたくなかったのだろう


俺達からすれば穴だらけの計画


行き当たりばったりに感じるが


瀧口の兄貴もまた海と同じで
自己愛が強く自身の目的の為には手段を選ばない


復讐心に囚われ
自身の策に溺れ殺人まで犯した男は
ここにきてもなお牧野と司に対する恨みを口にしている



話を聞いていて感じた事は瀧口の兄貴は海を殺した事に関しては
なんら良心の呵責は感じてはいないようだった

だが白石祐輔に関しては少し違っていたようで
話しをしている時の態度に若干の変化があった

どうやら白石祐輔に関しては本当に殺すつもりは無かったようで
最後の最後になって白石祐輔が異を唱え始めた為のアクシデントだったようだった


そして牧野に関してもすぐには殺すつもりは無かったと話した


瀧口の兄貴は牧野に罰を与えると表現していた


牧野を知り合いの精神科病院の隔離病棟に監禁するつもりだったと話した


幸せの絶頂にいたはずの女が少しずつ壊れていくのを眺めながら
同時に最愛の婚約者が行方不明のまま絶望する司の姿を思い描きながら飲む酒は
最高に美酒だと話した


完全に狂ってやがる


自己愛がとかってレベルじゃない


瀧口の兄貴の供述には反吐が出る


俺だって自分がクリーンだなんて思ってはいない


こいつと同じように人殺しだと言われれば反論は出来ない


だけど


上手くは言えないが


こいつと一緒にされたくはないと思ってしまう


きっと司はそんな事


考えもしないだろうな


そこが俺と司の違うところだ


色々と呑み込んだ心と身体が重い







無機質なリノリウムの床に響く革靴の音

前を行くのは怒りなどとっくに振り切れている親友


ガキの頃からのこいつを知っている俺からすれば
奴の本性はこっち


牧野に対しては底が抜けたように甘々だから
勘違いする奴もいるけれど本来は笑いながら人を殺せる奴だ

牧野以外の人間に対しては何の感情も持ち合わせていない

それは俺達に対しても同じ


奴が俺達を攻撃しないのは俺達がガキの頃からの親友だからってだけじゃない


まぁ、それもあるにはあるが・・


そんな物は何の担保にはならないのを俺達は知っている


俺達が牧野に信頼されているから

そして俺達が決して裏切らないと奴は知っているから



ガキの頃からの友情はどうした？！

ってところだろうけど


きっと俺達もそういう状況になれば
司と同じ行動を躊躇無く取るだろうし


特に類は顔色一つ変えず
俺達を徹底的に潰しにくるだろうから

そこんところはまぁ・・


間違ってもそんな状況にはならねぇけどな

無機質な廊下を奴の後ろを歩きながらそんな事を考えていた


一番奥にある部屋の前にはＳＰではなく美作の人間が二人立っていた

ＳＰというのは基本的に警護が仕事

護る事が仕事の奴らには荷が重すぎる仕事の場合に登場する美作の人間


まぁ、これ以上は説明しなくても分かるだろ？



俺と司がドアの前まで来ると二人によって電子ロックが解錠され
無機質な空間にガチャリとロックが外れる音が響いた


ギリギリっと音を立てて開かれた重い鉄の扉の向こうには
コンクリートが打ちっぱなしの広い部屋が広がっていて

その真ん中には一人がけの椅子が置かれていて
その前には後ろ手に拘束され跪くように座らされている瀧口の兄貴の姿があった


司は足を部屋へと一歩踏み入れると
続けて部屋へと入ろうとした俺の胸元を軽く押さえるように制し
無言のまま俺を押し出し一人だけ中へと歩を進め


その行動で司がこれから何をするつもりなのか分かった


止めるつもりは無い


止められるとは思っていない


俺の役目はただ見届けるだけなのだから・・



ポケットに両手を突っ込んだまま
ゆっくりと男の前まで歩を進めた司は
見下ろすように瀧口の兄の前に立つと


胸元から取り出したソレを奴の額に押し付けた


閃光が瞬いたのと同時に打ちっぱなしの壁に重たい衝撃音が響いた


耳に残る残響


一瞬の躊躇いもなく


弾き出された顔をそむけたくなるほどの憤激の中




俺は確かに見た



奴が笑っていたのを・・








～Fin～











最後までお付き合いありがとうございました。<(_ _)>

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