修羅場ってる？ 15

全ての誓約書にサインし終えた重鎮一族は
顔面蒼白のまま誰一人口を開く事なく
西門の屋敷を後にした

二度とあの一族がこの門を潜ることはない


未来永劫に…


後の事は全て弁護士に一任される事が決まり

重鎮一族の長男に代わり牧野が連れて来た
司のお袋さんの弁護士の事務所が西門流の顧問弁護士となる契約が締結され

その日の内に総二郎の離婚届が提出され
離婚が成立した

晴れて自由の身となった総二郎だが
これからの方が大変かもしれない

突然の離婚に関しても説明を求められるだろうし

何よりフリとはいえ、ずっとちゃらんぽらん男を演じてきたのだから
今後、信頼回復にはかなりの努力を要するだろう

だが総二郎なら大丈夫だと思っている

誰よりも真摯に茶道と向き合っている総二郎なら大丈夫だ

でもって

問題はこっちだ

一難去ってまた一難ってのはこういう事を言うんだろうな…

今さらながらに記憶を取り戻し
猛獣復活とばかりに嘗ての猛獣使いを追い掛け回している男と

今さらながらに自分の気持ちを掴みあぐねている…

いや…再びあの嵐の中に飛び込み猛獣使いとして
再びムチをその手に取る事を躊躇っている女


俺からすればどっちもめんどくせぇ事この上ないが
どっちに転がっても逃れられそうにねぇから
仕方なくここでどっぷりと男と女の行く末を見守っている


地球の反対側に飛ばされていた猛獣が
再び日本の地を踏んだ途端
俺の周りだけ冬の嵐が吹き荒れている

吹き荒れる嵐の中で感じるのは司の牧野に対する
息苦しい程の激情

ストレートにぶつけられるその激情は日に日に激しさを増しているのに

その激情を一身に受けている女は意外にも平然としていて

その心の内をなかなか見せない

類ならその微かな心の滓を敏感に感じ取ってやれるのだろうけれど

俺には無理で自身の中で吹き荒れる劣情に支配され周りが見えなくなってしまっている猛獣にも無理だ

だがそこは猛獣使い

一瞬で猛獣を地獄の底へと叩き落とす術を心得ている

年が明け暫くは様々な団体の新春祝賀パーティーが連日のように開かれていて

俺達も連日パーティーに出席していた週末


経団連主催の祝賀パーティーに参加した際
総二郎以外の三人が顔を合わせた

司は相変わらず牧野の携帯に犯罪レベルの着信を残し続けていて

牧野からは百回に一回ぐらいは

“何か用？”

とシンプル過ぎるメッセージが返ってくるようにはなったらしい

俺なら逆に凹むそのあっさりし過ぎるメッセージでも
猛獣にしてみたら一歩前進に思えるようで

どこまでもポジティブな猛獣にため息すら出ない


まぁ、牧野にしても冷たいばかりではなく
俺達が一緒ならとこのパーティーの後に予定している司との飲みの席には来ると言っていた


昨年末の牧野の誕生日パーティーに乱入して以来の牧野に
猛獣の機嫌はすこぶる良好

一通り挨拶を終え三人で集まり話をしている今だって
今まででは考えられないくらい穏やかににこやかに過ごしている

「あいつ、何時頃来るって？」


「ん？確か成田に着くのが２０時過ぎないだって言ってたから
今頃はちょうど成田に着いてる頃じゃねぇか？
それからだから２２時は過ぎるんじゃねぇか？」


牧野は自身の誕生日パーティーの後すぐにイタリアに行っていて
帰国は今日の２０時過ぎに成田に到着する予定になっていた

イタリアに行っていた理由は…

俺達はなんとなく予想はついていたが
それを司に伝える程野暮じゃない

時期がくれば司には牧野から話すだろうしな

牧野が昔、付き合っていた男に会いに行っていたなんて
態々、教える必要ねぇだろ？


「そうか…なぁ、あいつ何の用でイタリアになんて行ってたんだ？」


「後で本人に聞けば」

素っ気ない類の返事に猛獣のテンションがちょっとだけ上がる

「聞いたけど返事は返ってこなかったからお前らに聞いてんだろ！？」

「でっかい声出すな！
俺達も何しに行ったか詳しい事は聞いてないから知らない。
類の言う通り知りたきゃ本人に聞けって！
でも、いきなり上から目線で行くなよ！
じゃねぇーと、また前ん時みたいになすんげぇの投下されるぞ！」


「分かってるよ！」


司が牧野の行動を知りたがるのは理解できる

元来、牧野に対しては異常な程の焼きもち焼きでその行動の全てを束縛したがる男なのだから

あの頃は人並みの思いやりってやつを牧野にだけ発揮していたが
それは牧野も自分の方を向いているって前提があってのことで

完全にそっぽを向かれている今の状況じゃあ
司の焼きもちも束縛も裏目にでるだけ

で…


それが見事に裏目に出たのが昨年末の牧野の誕生日パーティーでの出来事で


牧野にピッタリと張り付き隣に座り


類とか…

類とか…

類とか…

たまに総二郎にも…


異常な程に嫉妬し牧野の機嫌が少しずつ悪くなっている事に気付かず

元カレの話を持ち出し地獄の底の底の方に叩き落とされてやがった

気になるのは分かる

牧野の事を知りたいと思う気持ちも理解出来る

司にしても他に男が居た事実を受け入れるまではいかなくても

その事実を責める権利は無いって事も分かっている…


はずだ！


だが人には話したくない事


聞いて欲しくない事の一つや二つあるだろ？


牧野にとって元カレの事は正しくそれで


話したくない事であり

ましてや司には聞いて欲しくない事だったのだろう

そんな空気を読まず？読めず？


写真に一緒に写っている男は誰だ？！


どこで知り合ったんだ？！


どっちが先に誘ったんだ？！


どんな関係だったんだ？！


本気だったのか？！


俺と結婚してたんだから浮気してたっつー事だろ？！


なんて…


お前が言うな！のオンパレードで


流石にそこまでだと思って止めに入ろうとした瞬間に

笑みを浮かべた牧野の視線が正面から司を捉え放たれた言葉


「エリザベス・リード、当時は２４歳だったわね。
８０のＤカップでウエストは５６センチ、ブロンドで瞳の色はブルー、
カンザスシティ出身でＮＹの演劇学校を卒業後、俳優を目指していた。
ベル財団が主催したチャリティーパーティーでウエイトレスのバイトをしている時に知り合って
その日の内にあんたがメープルのプレジデンシャルスィートに連れ込んだ女性。
私の記憶が正しければ確かこの時ってあなたと私が結婚して３ヶ月ぐらいじゃなかったかしら？
あっ！それからマギー・チャンって中国系の女性も居たわよね？
あの人は大変だったのよ！何を勘違いしたのか分からないけど
あなたと自分は運命の相手だからって私にあなたと離婚しろって迫ってくるし、
それが聞き入れられないと分かると今度はあなたに無理矢理、部屋に連れ込まれて
乱暴されたって訴えてきたんだから！
なんとかお金で解決したけどあなた女の趣味が最あ…」


「牧野！もうその辺にしといてやれ！」


司を止めに入るつもりが牧野を止めている俺


司の自業自得とは言え流石に可哀想過ぎる…


牧野の口撃に顔面蒼白で何も言い返せないでいる司


余りの衝撃に一度聞いただけなのに今でも一言一句覚えちまっている俺


流石に呆れたように司の肩に手を置いてため息を溢していた総二郎


言うだけ言うと少し酔ったからそろそろ休むわねと言い残し寝室へと引き上げてしまった牧野


後に残ったのは腹を抱え笑い転げる類の笑い声だけだった











応援ありがとうございます。