万有引力のススメ 28
お久しぶりの『万有引力のススメ』です。🎶
中途半端ですが‥😅
それではどうぞ~✴
季節は巡って
母さんはち切れそうなお腹を抱え
口癖が"ヨイショ!"になっている
父さんは相変わらずいい男だけど
最近は今まで以上に母さんの後をついて歩いていて
育児書を読み漁っている
俺とタマさんは密かに
"小判鮫"と呼んでいて
普段はNYにいるじいちゃんとばあちゃんも
ずっと東京にいるもんだから
屋敷内に妙な緊張感が漂っている
俺は特に変化なし
とりあえず毎日学校には行ってるし
それなりに仲間も出来たし
長期の休みはたいていLAにいるのがルーティーン
年が明けて
俺達がこの屋敷に来て1年が過ぎた
怒濤の展開の締めくくりは兄弟が生まれることのようで
母さんのお腹はますますはち切れそうで
ますます落ち着かない父さんはとうとう生まれるまで仕事を休む!と言い出した
"大丈夫だから仕事に行け!"と怒る母さん
"お腹の子に悪いから怒るな!"と言う父さん
"なら行け!"と怒る母さんに
"心配だから無理だ!"と駄々をこねる父さん
結局、出張やパーティーなんかは全部じいちゃんとばあちゃんが
代わりに行く事になって
父さんは屋敷で仕事をしている
それはいいんだけど
今度はじいちゃんとばあちゃんが争うように
俺を出張やらパーティーに連れ回している
昨日までじいちゃんの出張に付いて大阪に居て
今日はばあちゃんと一緒にパーティーに出席している
じいちゃんもばあちゃんも嫌いじゃない
寧ろ好きかも
父さんとじいちゃん達の間にはまだ微妙な空気が流れているけど
じいちゃんとばあちゃんの俺に対する態度はいつも優しい
いや
優しすぎるぐらい甘々だと思う
そんな日々を過ごす内にとうとう母さんが産気付いた
珍しく三人で夕食を食べていた時に
前に座っていた母さんが少し眉を潜めるような仕草を見せたと同時にお腹に手をやった
「母さん?」
「ん‥」
俺達の会話で気づいた父さんが慌てて母さんを近くのソファーへと移動させた
「産まれんのか?」
「ん‥うん‥多分‥
でもまだまだだから落ち着いて‥」
母さんの横に座りお腹をさすっている父さんは
すでにちょっとパニクってる感じがしたから
俺は内線でタマさんを呼んだ
その間も母さんの痛みは少しずつはっきりと感じられるものになってきていて
ますます父さんがパニクっている
「つくし、そろそろなのかい?」
ゆっくりと杖をつきながら部屋へと入ってきたタマさんは全く慌てていなくて
パニクっている父さんを杖で追い払うようにどかせると
自分が母さんの横に座った
「まだまだ大丈夫です、タマさん」
「そうかい、それじゃあわたしは病院に行く準備をしてくるから
あんたもシャワー浴びて行く準備をしておいで」
「分かりました、よろしくお願いします」
痛みの合間にシャワーも浴びて食べかけだった夕食も綺麗に平らげて
準備万端の母さんと対照的に全く落ち着きを無くしてしまった父さん
母さんのシャワーについて入ろうとして拒否られ
タマさんには邪魔だから大人しく座ってろと叱られている
陣痛の間隔が段々と短くなり
いよいよ病院へと向かう
病院にはタマさんも付き添い
母さんはパニくっている父さんよりも
タマさんの方を頼りにしていて
俺の役目って‥
多分、暴走する父さんを押し留めることだと思った
パニクっている父さんはなかなか面白い
普段は冷静沈着っていうより
冷徹で非情って表現の方がしっくりくるのに
今はすっかり落ち着きを無くし
まるで冬眠明けの熊のようにウロウロ
病院に到着して数時間
日付も変わった真夜中
いよいよ産まれるようだ
意外に落ち着いて対処している母さんが分娩室に入る前に
"頑張って"と一言だけ声をかけると
痛みの合間に笑顔を見せてくれた
出産に立ち合うと一緒に分娩室へと入って行った父さんの余裕の無い背中にも
小さく頑張れと声を掛けてタマさんと廊下のソファーで産まれてくるのを待つ
16年前
母さんはこの時間をたった一人で過ごしていたんだ
どんな気持ちだったのだろう?
一人で寂しくなかったのだろうか?
一人で不安で心細くなかったのだろうか?
「ねぇ、タマさん?
俺が産まれてくる時って‥母さん一人でどんな気持ちだったんだろう?
寂しくなかったのかな?」
「タマには経験の無いことなので分かりませんが
だけど寂しくはなかったと思いますよ。
寧ろ早く会いたかったんじゃないですかね‥今の坊っちゃんやタマのように‥
早く赤ちゃんに会いたくて寂しいなんて考えてる暇なんてなかったんじゃないかと思ってますよ」
「そっか‥そうだね、俺も早く会いたいよ、まだ弟か妹か分からないけど‥早く会いたい」
「タマも同じですよ。
早く会いたいですよ‥」
分娩室前の廊下のベンチにタマと二人並んで座りながら
ドアが開くのを待つ時間
きっと中では母さんより父さんの方が大変な事になっているんだろうなっていうのが予想出来る
だって
時折、分娩室から漏れ響いてくるのは父さんが母さんを励ましている声ばかりだから
どれぐらいの時間が経ったのだろう?
壁に掛けられている時計は既に日付を跨いでいて
窓の向こうに広がる空もうっすらと白み始めている
静寂の中に時折響いてくるのは父さんの声
やがて東の空にゆっくりと太陽が昇り始めた頃に
廊下に響いたのは赤ん坊特有の甲高い泣き声
「生まれた?!」
思わず椅子から立ち上がり分娩室の方を見た俺
「そのようですね。
おめでとうございます、樹坊っちゃん」
隣に座っていたタマさんもゆっくりと立ち上がり
並んで分娩室の扉が開くのを待つ
最初の泣き声からしばらくしてシャツの袖を捲り
汗だくになった父さんが出てきて
俺の顔を見るなり抱きついてきた

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