暁 1

その日は朝から嘘も真実も
全てを覆い隠すように濃い霧雨が降っていた

仕事を始めるようになってから束になって届けられる新聞に
朝の慌ただしい一時に目を通すのが習慣になっている

秘書が来るまでの僅かな時間にもコーヒーを飲みながら
経済紙から一般紙まで国内外の新聞に目を通していた時
紙面の中によく知る名前を見つけ愕然とした

『名門政治一家の長男、天草清之助氏刺殺される』

社会欄に踊っていたセンセーショナルな文字

息をするのも忘れ
食い入るように紙面に踊る文字を追う

○日未明都内○○区の路上で都内寿司店経営の天草清之助さんが
喧嘩を始めた若者数人のグループに仲裁に入り
若者の一人が隠し持っていたサバイバルナイフで胸を刺され死亡した


天草が死んだ…

正義感の強い奴だから見過ごす事が出来なかったのだろうけど
去年、修業していた店を辞め念願だった自分の寿司店をオープンしたばかりだったのに…

いや、それよりも残された牧野と子供はどうなるんだ？





～暁～




さっきより濃さを増した霧雨が
窓の外に広がる屋敷の広大な庭を覆い隠してしまっている


暴漢に襲われ生死の境をさ迷った俺は
命と引き換えに自らの生きる意味を見失った
それを取り戻すのに１５年もの時間が掛かってしまった

今から１５年前のあの日
決断を下したのは俺自身だし彼女に苛酷な決断を下させたのも俺だった

記憶なんて関係ない
そんな物は言い訳にならない
記憶があろうとなかろうとどちらも俺に変わりないのだから

１５年前
記憶は相変わらずだが刺された傷はすっかり癒えていた俺は
お袋が言っていた一年の猶予期間を英徳の大学部に籍を置きながらも
ほとんど大学に出向く事さえせず
毎日をただ無意味に過ごしていた

退院した当初は頻繁に屋敷を訪れていた仲間達も時間が経つにつれて疎遠になりつつあったが
全く気にする事なく
時折、西田が持ってくるお袋からの課題を適当にこなすだけの日々を送っていた

どうせ将来は決まっている
来年には渡米してニューヨークの大学に編入する事が決まっているのだから
今からあくせくしても意味は無いと思っいた

見舞いに来ていた牧野が来なくなったのも
目障りな奴が消えてせいせいしたぐらいにしか感じていなかった

そんな無意味な時間をダラダラと過ごしていた俺に
帰国していたお袋から呼び出しが掛かったのが
後２ヶ月程で渡米する事が決定していたある日の午後だった

オフィスではなく屋敷の書斎で向き合ったお袋は
相変わらずの表情で
後ろに控えていた西田が俺に報告書とだけ記されたファイルを無言のまま差し出した

差し出されたファイルに書かれていたのは
牧野つくしの現状でその時の俺の感想は
ありえねぇ！の一言だった

ファイルには俺と付き合っていると言っていたあのおかっぱ頭の女が妊娠していて
その子供の父親が俺だと書かれていた








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