Day Light 5

「どう思う？」


空港から牧野の病院に向かう間に今までの事を全て話し終え

類と総二郎にそう問い掛けてみた

類は俺が話している間ずっと視線は窓の外・・・

流れる景色に向けられていて

総二郎は前屈みになり自分の膝に肘を付き

手で口元を覆いながら視線は下に向けていた

問い掛けに類は視線を窓の外に向けたまま

何かを考えているようでずっと押し黙ったまま

しばらくの沈黙の後、総二郎が体を起こし

顔を上げやっと俺と視線を合わせて口を開いた


「どう思うっても・・・どっちの話しも俄かには信じらんねぇな・・・」



「司は自殺の原因が自分にあるって思ってんだろ・・・？
実際、電話で牧野は取り乱してたんだからそれが原因かもしれねぇって考えても変じゃねぇけどな・・・
けどなんか違うような気がする。それに牧野の元旦那の・・・名前はなんていった？」



「ジャックだ。
ジャック・ブレナン」



「そのジャックが言うように自殺じゃないってのもな・・・自殺じゃないなら・・・
じゃあ何だ？って話しだし・・・俺達に力を貸せっていう根拠が乏しい気がする・・・
類？お前はどう思う？」



総二郎の呼び掛けに類は一瞬だけ視線を俺達の方へと向けたけど

すぐにまた窓の外へと戻し”牧野の顔を見るまで分からない”と言った

車はハイウェイを降りても順調に流れている

やがて車窓から牧野がいる病院が見えてきた

三人で牧野の病室に入って行くと看護士が牧野の体に取り付けられている機器のチェックをしていた

類と総二郎は牧野の側に行き

類は牧野の額に掛かっていた髪を横に撫で付けて優しくキスを一つ落とした

俺は機器のチェックをしている看護士に声を掛けてみた



「俺達、彼女の友人なんだけど
彼女がここに運ばれてきた時の事を知りたいんだ。
誰に聞けばいいか教えてもらえるかな？」



にっこりと微笑みながらスマートにそう話しかけると

若い看護士はすぐにそれならＥＲに行けばいいと教えてくれた



「彼女みたいな患者さんはまずＥＲで処置を受けてから専門の科に運ばれるから
その時の事ならＥＲで聞くのが一番よ」



「ありがとう、そうするよ」



「それじゃ、お大事に」


看護士が病室から出て行ってすぐ総二郎が声を掛けてきた



「お前、調べるつもりなのか？」



俺は直接その問いには答えず

まだ牧野の傍らで牧野の頬を撫でている類に視線を向けた



「類？お前も牧野が自殺だなんて思ってないんだろ？」



そう問いかける俺に類は視線は牧野に向けたまま少しだけ微笑んで


「確証はまだないけどね」


少ない言葉だったけどはっきりとそう答えた類

自殺か？

事故か事件か？

まだ何も俺達が納得出来る確証は何一つ無い

なら突き止めた結果がどんな物であれ

調べてみる価値はあるんじゃないかと思った

帰り際ＥＲに立ち寄ると牧野が運び込まれた当日勤務していた看護士が勤務していて

少しだけ話しが聞けた

看護士の話しによると牧野は午後８時４７分に病院に到着していた

脈拍呼吸はあったが共に微弱で意識は無く呼び掛けにも反応はなく

直ちに血液検査をした結果

血中からは大量の向精神薬の成分が検出され

救急退院が彼女が倒れていた傍らに落ちていたという薬の瓶に貼られていた処方箋と一致したため

それに沿った処置が施された

一時は危険な状態だったが発見が早かった事と

彼女が飲んだ薬の特定が早かった事が幸いし一命は取り留めた

看護士から聞けた事はこれぐらい

ほぼ予想していた範囲内で目新しい事実は出てこなかった

看護士にしてもこのＥＲに毎日のように運び込まれてくる

大量の重症患者の内の一人の事を余程の事がない限り気に留める事はないだろう

そう思い立ち去ろうとした時、看護士が俺達を呼び止めた


「そう言えばあなた達の他にも彼女の友人だって人が容態を聞きに来た人がいたわよ」


行きかけていた足を止め

もう一度看護士の方に振り返った


「それっていつの事？」


「えっ～と・・・彼女が運び込まれて三日程したお昼過ぎだったかしら？」


「来たのは男？」


「ええ、白人で背も高くて高そうなスーツ着てアタッシュケース持って
なかなかのいい男だったわよ。あなた達ほどじゃないけどね」


「よく覚えてるね？
ここには毎日沢山の人が出入りするのに」


「あの日はね特別だったのよ。ニュースにもなったんだけどこの近くで
スクールバスが衝突事故に巻き込まれて怪我した子供が重症軽傷合わせて１０人近く運び込まれて
怪我した児童に連絡を受けて駆け付けた保護者にとＥＲ中が大騒ぎだったのよ。
そんな中でかなりしつこく彼女の事を聞いてきたから印象に残ってたの」



「その話しもっと詳しく聞かせて欲しいんだけど？」


「私、後１０分程で休憩なの。コーヒーおごってくれるならいいわよ」


「ＯＫ。じゃあどこかで待ってるよ」


「それじゃあ前のデリで待っててくれる？休憩時間になったら行くわ」



思いがけず看護士から聞けた男の話しが引っ掛かった

三人でＥＲを出ると類だけが調べたい事があると言い残し行ってしまったので

俺と総二郎の二人だけで道路を隔てた向かい側にあるデリで看護士を待った

約束通りデリに来てくれた看護士にコーヒーを飲みながら話しを聞く

看護士は患者さんの事は守秘義務があるからあんまり詳しくは話せないんだけどと前置きしながらも

牧野の容態を尋ねに来た男の事を話してくれた



「例の男の人だけど・・・その人は牧野の友人だって言ったんだよね？」



「ええ、そうよ。友人だって自分から言って彼女の容態を聞かせて欲しいって。
けど彼女はすでに上の病棟に移ってたし何より忙しかったから上で聞いてくれって言ったんだけどね・・・
こっちの話しは全然聞いてないみたいでしつこいから
患者さんの事は守秘義務があるから話せませんって断ってその場を離れようとしたの」



「それでその人は引き下がった？」


「一応はね・・・けど最後に一つだけって言って・・・
彼女は死なないのかって聞いてきたの・・・」


「なんて答えたの？」


「変な質問だって思ったから何も答えなかったら
向こうもそれ以上は何も言わないで帰って行ったわ」


看護士はそこで一度言葉を切ると後は独り言のように


”ＥＲなんて所で働いてると変わった人は見慣れてるけど
わざわざ死ぬかどうか確かめに来た人は初めてだったわ”


と言った

牧野が死ぬ事を望んでいる人間が居る・・・

看護士の話しを聞いてそう思った

隣に座る総二郎も同じ事を感じていたのだろう

眉間に皺を寄せた険しい表情のままだった


「色々ありがとう。
最後にその男の人で他に覚えてる事があれば教えて欲しいんだけど？」


「そうね・・・外見は特に変わった風じゃなかったかしら・・・
むしろきちんとした会社員って印象だったけど・・・・・・
あっ！そういえば左手の手首の辺りに入れ墨が彫ってあったわね。」


「どんな入れ墨？」


「えっ～と・・・なんて言ったかしら？あなた達が使う文字で・・・」


「漢字の事？」


「そうそう！それよ！
なんて書いてあるの意味は分からないけどよく似た文字をチャイナタウンで見かけた事があるわ」


「ありがとう。色々聞けて参考になったよ」


「どういたしまして。あなた達みたいないい男ならいつでも大歓迎よ」


まだ少し休憩時間が残っている看護士を店に残し

俺達は先にデリを出た


「どうする？」


「看護士の話しだけじゃなんとも言えねぇけど・・・
牧野の容態を聞きに来た奴の事は気になるな・・・
それに何か引っ掛かる・・・嫌な予感がする」


総二郎の答えに小さく”俺もだ”と答えると


それ以上は会話すること無く二人で再び牧野の病室へと戻った

病室の牧野の様子に変化はなかった
ただ静かに眠っているだけ

細い身体にまるで色を失くしてしまったかのように真っ白な肌色をしている
その小さく細い身体にどんな悲しみと苦しみを秘めていたのか分からないが

命が助かってよかった・・・

心底そう思った

考えすぎだと笑われかもしれないけれど

妙な男の存在が気になり牧野の病室に警備員を配し

例えドクターであっても病室への出入りには

厳重にチェックするよう手配していつもの集合場所に向かった











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