正しい猛獣のしつけかた 10

道明寺のオフィスに通い始めて２週間

全然、大丈夫じゃない！


当初は大学の講義が終わったあと
いつものように運転手さんがお迎えに来てくれていて
そのまま有無を言わさずオフィスへと連行されていたけれど今は電車で通っている

だってね目立つんだもん！

明らかに学生ですっていでたちの女が
毎日のように運転手さん付きの車で重役出勤なんて
どう考えたって目立つ！

おまけに厳重なセキュリティは顔パスで
重役専用のエレベーターへ直行なんてしてたら
嫌でも注目を浴びちゃってるし
なにより西田さんの策略によって
デスクが道明寺のオフィス内に置かれちゃってるから
秘書室の綺麗なお姉さん方からの風当たりが強い

強すぎて迂闊にお手洗いにも行けない

あたしがそんな肩身の狭い思いをしているのにも関わらず
当の道明寺はここのところずっと上機嫌で
西田さんから“牧野様のお蔭でスケジュールが捗り大変助かっております”なんて言われちゃって
なんにも言えない状況

仕事中の道明寺は確かにいつもの道明寺からは考えられないくらい真面目にやっている

あたしが彼のオフィスでやっている事は
大学のレポートだったり道明寺のお母さんに付けられた
講師の先生達からの課題だったりだから
実際、道明寺が今、どんな仕事をしているのかは分からないけれど
真剣な表情でPCの画面を見ている彼の横顔を見ていると
道明寺なんだけど道明寺じゃないみたいで戸惑う

今、横顔？って思ったでしょ？

そうなの・・

あたしのデスクは彼のデスクの真横に置かれているの

当初はオフィスの入口付近の壁沿いに置かれてたんだけどね・・・


道明寺が遠い！だとかなんだかかんだかと強請て
イヤだ！と抗議するあたしをあっさりとスルーして
デスクを自分のデスクの横に置いてしまった

仕事中の道明寺はちゃんとやっている

でもね

それ以外は・・・

仕事を盾に我がままを通そうとしてくるガキんちょのまま

そしてそんな時は決まって西田さんが

“牧野様の腕の見せどころですよ”

なんて言ってくる

“あたしじゃムリです！”って抗議するんだけど
西田さんは
“世界中探しても牧野様以上の適任はいらっしゃいません”なんて言ってくるから
覚悟を決めて“それじゃあたしのやり方でやってもいいですか？”なんてついつい言っちゃったのよね

ついついなの・・

でね

西田さんからの返答は

“牧野様のお好きなようにしていただいて結構でございます”

だったのよね

だからね

あたしなりのやり方で・・・

って！

もしかして

調教ってこのこと？！





不本意なのよ

本当に不本意なの！

でもね

及ばずながらじゃないけれど

どう考えても道明寺を上手くコントロールするって事は
あたし自身の心の平隠にも通じるし
ここ数週間の肌感覚なんだけど
道明寺の機嫌の良し悪しが熟なせる仕事量に大きく関わってきているみたいだから

なんて

ごちゃごちゃと自分を納得させる理由を挙げ連ねて
今日も飴と鞭を手に気合を入れて
彼のオフィスがある道明寺ＨＤまでやってきた

まだ仕事を始めたばかりの道明寺は
基本、オフィスでお母さんから出された課題やレポートをやっていることが多いんだけどね

道明寺の後継者である彼と顔を繋いでおきたいって企業も多くて
意外と面会や視察に出向く事が多くて
毎日のように沢山の人と会っている

道明寺って愛想が良いタイプじゃなくて
いつも不機嫌で無愛想
相手を萎縮させるタイプだと思うのよね

他人を寄せつけない冷たさを身に纏い
あたしや花沢類達以外には口も聞かない彼だから
毎日沢山の人と会ってって今の状況はかなりストレスなはずなのに

あたしがオフィスに来るようになってから
彼が仕事の事で西田さんに文句を言っているところを見なくなった

これって西田さんの言うあたしがここにいる成果なのかな？

だとしたらあたしも少しだけど役に立ってるってことよね？

この一年であたしの価値観って言うのかな・・？

そんな大した物じゃないのかもしれないんだけどね

でも確実にあたしの中で何かが大きく変わった

そしてあたしはその変化を嫌だと思っていない

今でも金銭感覚なんかは意味不明なんだけど
ただただ嫌な奴らだった彼らと接して
彼らの意外な一面って言うのかな？
彼らに見つからないように逃げ回っていた頃に感じていた
嫌悪感みたいな物は無くなった・・

まぁ、早い話が見直したって言うか

少なくとも彼らの事は信頼出来るようになった

そしてあたしはそんな自分が嫌いじゃなくて
寧ろ好きかも？って思っていて

そしてそんな自分が嫌いじゃない

今日は午前中一杯は大学にいたから
オフィスに来るのが少し遅くなってしまった

本当はねもう少し早く来る予定だったのよ

だけど講義が終わって教室から出た所で
西門さんに捕まったの

出会ったんじゃなくて
文字通り教室の外で待ち構えていた西門さんに捕まったの！

“よっ！猛獣使い！”って言いながら笑顔で近付いてきた西門さんに襟首を持たれ
そのまま強引にカフェへと引っ張って行かれた

そこで西門さんと桜子に根掘り葉掘り・・

“最近、司とはどうだ？”なんてニヤニヤしながら色々と聞かれて・・

もね・・・

“別に・・特に変化はないけど・・”

って答えたら

二人して大きなため息をついて
“お前は男の性が分かっていない！”だとか
“忍耐には限界があるんだぞ！”だとか
“ここまでくると先輩の鈍感さは犯罪ですわ！”だとか
うんちゃらかんちゃら・・

言いたい放題で半分ぐらいしか聞いていなかった

やっと解放されたと思ったら
携帯には道明寺からの着信の嵐で
慌てて掛け直すとワンコールが鳴り終わる前に電話に出た彼の機嫌は最悪で
昼から視察に出掛けなくちゃいけないから
早く来い！今すぐ来い！一秒でも早く来い！と捲し立てられて
ちょうど帰るところだった西門さんの車に同乗させてもらって
ビルの前までやって来た

駅からビルまでは徒歩２〜３分だから
駅前で降ろしてとお願いしたのにスルーされて
それならと手前のカフェの前で降ろしてもスルーされて
結局、ビル正面の車寄せにデェ〜ンと横付けされた車から
ご丁寧に西門さんにエスコートされて降りた

先に降りた西門さんがニヤニヤしながら
早く降りろと車内に体を入れて
手を差し出してくる

ぜぇ〜たい遊んでる！

そう思ったから差し出たされたその手を払い除け
降りようとしたあたしの手を掴かんだ西門さん

手を勢いよく掴まれた拍子にバランスを崩し
彼に倒れ込む形のまま車外に出てしまった

バランスを崩しキャッと小さく声を上げたあたしと
そんなあたしを支えるように腰に腕を回した西門さんと
ロビーを凄い勢いで走ってくる道明寺と
そんな道明寺の横から飛び出してきた人影と・・

全てが一瞬だった








応援ありがとうございます。